医学教育では出会いにくい「社会構造と健康・疾病との関係」の事例 

「プライマリ・ケア」掲載記事を紹介します

中島梨沙,西岡大輔.酔っ払いのおじさんと青白い女の子:医学教育では出会いにくい「社会構造と健康・疾病との関係」の事例 .プライマリ・ケア.2023:8(1);43-45.

医学生の卒業時の到達目標を示す「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に、「社会構造と健康・疾病との関係(健康の社会的決定要因:SDH)を概説できる」という学習目標が2017年に明記されました。

しかし、医学教育で学ぶ事例には、SDHによる困難を抱える患者と出会いにくい実情があります。その結果、SDHによる困難を抱える患者は医学生の認識の範囲外におかれてしまいやすくなり、その存在を確認できなくなってしまいがちです(社会学の言葉で「辺縁化・周縁化など」といいます)。

本稿では、ある医学生が偶発的に医学教育の外でSDHに直面したことから、得られた学びを共有しました。

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医学生2名が帰宅する途中、自転車から転倒した人に出会いました。その人は会話が通じないほど、酩酊していたようです。医学生は、「シンショウシャなんです」と繰り返すその人に、家族に電話してほしいと頼まれましたが、電話はつながりませんでした。

そこで医学生らはは、その人の家へと送りとどけました。玄関から呼びかけても応答はなく、その人と一緒に部屋に入りました。雑然とした部屋。その奥に中学生ぐらいの子どもがいました。その人は、子どもの名前を大声で呼び続け、何かを命令していました。その子どもは体操服を着ていて、ほぼ無表情でした。医学生らが経緯を説明してもほとんど反応がない状態でした。

ひとつだけ「このようなことはよくあるの?」の問いに、その子は静かにうなずきました。

医学生からは、「6年間の医学教育を受けていたにもかかわらず、今の自分にできることが何もないという無力感に直面したこと」や、「SDHの概念は知っていたものの、身近にSDHの影響を受けている人々がいることへの驚き」を語りました。

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Harutaらによると、医学生が社会と健康・医療の関係性を学ぶパターンの1つに、地域社会の営みに「医療現場とは異なる権威のない立場から参加すること」が挙げられています。その結果、医学生による住民への共感が醸成されていきます。(Haruta J, Takayashiki A, Ozone S, et al. How do medical students learn about SDH in the community? A qualitative study with a realist approach. Medical Teacher 2022:1-8.

この医学生が、安全が確保された医学教育以外の場でSDHによる困難を抱える事例を経験したことは、「社会構造と健康・疾病との関係」を学習する上で役に立つ可能性があります。その一方で、Lazarusらのストレス理論によれば、ストレス体験が苛烈である場合に、逆にこれらの”事実”に対する忌避感を強めてしまうことも知られています。(Lazarus RS and Folkman S. Stress, Appraisal, and Coping. Springer. 1984.)

大切なことは、このような事例は確かな事実としてこの社会に実存しているということです。そのため、医師として働き始めて現場に出れば必ず経験します。「社会構造と健康・疾病との関係」に関して、医学生の頃に適切なオリエンテーションがなされていることが、医師として学び成長する上で重要になります。

医学部の授業や実習では出会うことが難しい、辺縁化・周縁化されがちな人々の実生活を垣間見た学生は何を感じるのか?全国の医療人材はSDHをどのように学ぶべきか?これらを考える、私の講義の必読文献です。壮絶な経験をエネルギーに変えることができた著者の中島さんに感謝しています。

もし原稿全体をお読みになられたい方がいらっしゃいましたら、ぜひお声かけください☻

西岡 大輔(にしおか だいすけ)