「福祉領域のEBPMを考える」という演題で、企画シンポジウム① 「誰も取り残さない」ケアのEBPMのシンポジストを務めました。
福祉領域の個別支援の原則は、集団を平均値で表し個別性を捨象しうる定量的なエビデンスと相性は良くありません。それは前提としつつ、今回は別の視点からお話しました。
Scientific, Clinical, Ethicalな視点から、社会では「誰の声」がエビデンスに”なっている”のか? むしろ社会は「誰の声」をエビデンスに”している”のか?の問題意識を共有しました。

EBPM、つまり「エビデンスに基づく政策立案」は、医療や福祉の質を高めるうえで重要な考え方です。一方で、福祉の領域では、そもそもエビデンスをつくること自体が難しい現実があります。生活困窮、孤立、障害、文化的背景の違いなどにより、主体的に社会へ適応することが難しい人たちは、調査や研究の場から見えにくくなりがちです。たとえば、公的扶助(生活保護)や社会福祉制度の利用者について、日本では健康・医療政策に活用できるエビデンスがほとんど蓄積されてきませんでした。
私がこれまで進めてきた生活保護利用者の研究のひとつでは、生活扶助給付の減少が医療扶助費の増加につながる可能性が示され、これは既存のエビデンスと整合しない結果でした(Nishioka, et al. JECH. 2022)。もしかしたら私たちは既存のエビデンスが適用できない集団を対象に研究しているのでは、というという疑問をもつに至ったプロセスを紹介しました。
海外の臨床研究では精神障害、認知・知的障害、物質関連障害などのある人が除外されやく(Plosky, et al. Health Affairs. 2022)、知識や根拠を形成する公共圏から排除されやすい構造が存在している可能性があります。
だからこそ、現代のEBPMには「Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)」という視点が欠かせません。これまで議論され続けている高額療養費制度の改定においても当てはまることです。当事者には、その人たちにしか語れない経験や知があります。社会はその声に向き合い、それを社会の解釈資源として形成してきたでしょうか。
患者・市民参画(Patient and Public Involvement)が重視されるようになってきましたが、私たちのPPIは研究に都合のよい人だけの参加になっていないか?を振り返る必要があります。
それを踏まえると、福祉のEBPMに必要なのは、単にデータを増やすことではありません。誰のデータが欠けているのか、なぜ声が聴かれてこなかったのかを問い直し、当事者の経験を社会の知や根拠形成の場と結びつけるプロセスが不可欠です。
公正で包摂的な政策をつくるために、福祉の視点からEBPMそのものを考える必要があります。”データを提供できる集団に限ったEBPMになっていないか?” ”統計そのものが、既存の権力構造を反映していることに自覚的になっているか?” を紹介しました。
この辺りを考えるにあたって、杉谷和哉先生のお話やご著書から学ばせていただいております。
ぜひみなさんもご関心をよせていただけましたら◡̈*✧

西岡 大輔(にしおか だいすけ)

